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札幌地方裁判所 平成6年(行ウ)6号 判決

原告

佐藤廣勝

右訴訟代理人弁護士

藤本明

矢野修

市川守弘

右訴訟復代理人弁護士

相原わかば

被告

北海道知事 堀達也

右指定代理人

千葉和則

成田英雄

工藤義和

高橋吉清

橋本昭雄

千田清

田中紀勝

阿部忠禮

荒井俊雄

理由

一  請求原因について

請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁について

1(一)  抗弁1ないし4の各事実は当事者間に争いがない。

(二)  抗弁5(本件命令の適法性)について

(1) 抗弁5(一)(原告の農地法又は農振法違反の行為の有無)について

右1(一)のとおり、原告が、平成二年六月ころからゴルフ練習場を設置するための工事を開始し、本件土地のうち、ゴルフ練習場の打席部分及び駐車場部分に盛土をし、打席部分に鉄骨を組立て、その上に鉄板の屋根を備えた打席数八〇席のゴルフ練習場及び来場者用の駐車場を完成させるとともに、駐車場部分に管理棟及び便所棟を新築し、かつ、夜間営業用の照明灯並びにボール落下地の両側面にコンクリート製支柱及びネットを設置(以下、本件ゴルフ練習場及び右駐車場等の建造物をまとめて「本件練習場等」という。)したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実及び〔証拠略〕によれば、本件練習場等は約四〇〇〇万円をかけて建築されたものであり、一一トンダンプ約三〇〇台分の火山灰等を投入し、約五〇〇〇立方メートルの土を打席に盛り、約三〇トンのH型鋼等を用いて建築されたものであって、打席棟だけでも一二〇〇平方メートルあるという比較的規模が大きく、本格的な構築物になっていることが認められる。

農地法四条第一項にいう農地を「農地以外のものにする」(以下「農地転用」という。)とは、人の意思によって農地を耕作の目的に供されない状態にすることをいうと解されるところ、右認定の本件練習場等の構造にかんがみれば、原告が本件練習場等を設置したことにより、本件土地が耕作の目的に供することができない状態になったことが認められる。

また、農振法における開発行為とは、宅地の造成、土石の採取その他の土地の形質の変更又は建築物その他の工作物の新築、改築若しくは増築をいうところ、前記の事実によれば、本件練習場等の建築が開発行為に当たることも明らかである。

原告は、本件土地の大部分は打球飛来部分となっており、そこでは芝が植栽され、肥培管理されており、いつでも野菜を作ることができる状態であって、農地転用に当たらず、管理棟、便所棟及び駐車場の盛土についても、農作業用に使用されていること又は容易に移動可能な動産にすぎないことなどを理由に農地転用に当たらないと主張する。

しかし、本件ゴルフ練習場の使用目的及び使用状況からすると、右打球飛来部分は本件ゴルフ練習場の一部であることが明らかであり、本件ゴルフ練習場の営業を停止しない限り、右打球飛来部分を耕作の目的に供することは事実上不可能であるから、右打球飛来部分についても農地転用をしたことに当たると言え、また、〔証拠略〕によれば、管理棟及び便所棟はいずれも、本件ゴルフ練習場の設置とともに新築ないし新設され、駐車場の盛土もその際に行われたこと、管理棟の中にはゴルフボールを貸出す機械が置かれていることが認められ、右事実からすれば、管理棟、便所棟及び駐車場はいずれも、本件ゴルフ練習場の営業に供することを主目的とするものであると認められ、その他の目的で利用されることがあったとしても、それは副次的なものにすぎないというべきであり、結局原告の右主張はいずれも理由がない。そして、他に右認定を覆すに足りる証拠は存在しない。

三  再抗弁について

1  再抗弁1及び2(農地法八三条の二第一項に規定する「特に必要があると認めるとき」との要件及び農振法一五条の一六第一項に規定する「必要な限度において」との要件の不存在)について

(一)  農地法八三条の二第一項所定の関係法条の規定又は農振法一五条の一五第一項の規定に違反する行為がなされた場合に、都道府県知事が是正のため必要な措置をとるべきことを命ずるか否か、また、いかなる内容の措置をとるべきことを命ずるかは、当該土地の農地としての保全の必要性その他の政策的事項にかかるのであるから、その判断は都道府県知事の裁量に委ねられているものと解される。したがって、本件命令は、北海道知事がその裁量権の範囲を逸脱し又はそれを濫用した場合にはじめて違法となるものである。特に農振法は、自然的経済的社会的諸条件を考慮して総合的に農業の振興を図ることが必要であると認められる地域について、その地域の整備に関し必要な施策を計画的に推進するための措置を講ずることにより、農業の健全な発展を図るとともに、国土資源の合理的な利用に寄与することを目的とするものであるところ(同法一条)、右目的を実現するため、都道府県知事が農業振興地域整備基本方針に基づき、一定の地域を農業振興地域として指定し、右指定を受けた市町村が、農用地として利用すべき土地の区域(農用地区域)及びその区域内にある土地の農業上の用途区分等を定める(農用地利用計画)こととされており(同法六条、八条)、農林水産大臣及び都道府県知事は、農地法による農地、採草放牧地の転用等の許可をするに当たっては、それらの土地が農用地利用計画で指定された用途以外の用途に供されないようにしなければならないとされている(同法一七条一項)。右農振法の規定からすれば、農振法上の農用地区域内の土地につき、農地法上の転用手続を経ずになされた農地転用又は農振法上の手続を経ずになされた開発行為については、特段の事情がない限り、農地法八三条の二第一項規定の「特に必要があると認めるとき」又は農振法一五条の一六第一項規定の「必要な限度において」という要件に該当すると解するのが相当である。

(二)  そこで、以下、本件において、北海道知事が本件命令を発することがその裁量権の範囲を逸脱し又はそれを濫用するものであると認めるに足りる特段の事情が存在するといえるか否かについて判断するに、以下のとおり、本件全証拠によっても、これを認めることはできない。

(1) 争いのない事実に、各項中に掲記した各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

イ 本件土地は、石狩川、千歳川、夕張川及び旧夕張川に囲まれた北海道江別市の江別太地区に存在し、同地区に広がる約七〇〇ヘクタールの農地が集団的に存在している農地のほぼ中ほどに位置しており(争いのない事実)、本件土地の周辺土地は、原告所有の北海道江別市江別太六〇四番一、同番二の土地を含めていずれも畑、水田として耕作されている。本件土地の標高は八メートル以上九メートル未満であり、右四河川に囲まれた他の地域に比べ、比較的高いところにある。本件土地は、昭和四七年ころ、北海道知事により農振法上の農業振興地域に指定され、さらにそれを受けて江別市から農用地区域として指定を受けた。農振法上の農用地区域として指定することができるのは、二〇ヘクタール以上の農地が集団的に存在し、かつ、農業基盤整備事業等の公共投資の対象となる土地を含めて二〇〇ヘクタール以上の土地が集団的に存在する場合とされている。また、農地転用の申請がなされた場合、その一般的な許可基準としては、農地を第一種ないし第三種農地に分類し、第三種農地では原則として転用が許可されるのに対し、第一種農地では原則として転用が許可されないとされているところ、本件土地は第一種農地(乙種第一種農地)に属する。第一種農地のうち、乙種第一種農地は、農業生産力の高い農地、土地改良事業等の農業に対する公共投資の対象となった農地又は集団的に存在している農地のいずれかに該当するものであって、農地として積極的に維持保存する必要がある農地をいう(〔証拠略〕)。

ロ 原告は、平成二年六月ころから同年七月上旬ころまでの間に、農地法四条一項に基づく農林水産大臣の許可及び農振法一五条の一五第一項に基づく北海道知事の許可を受けず、かつ農業委員会等の口頭又は文書等による違反行為の是正指導を受けたにもかかわらず本件練習場等の設置工事を開始・続行した(争いのない事実)。その後も、農業委員会等は、引き続き口頭又は文書等による違反行為の是正指導を行ったが、平成三年七月ころまでに、更に本件土地のうち、ボール落下地の両側面にコンクリート製支柱を打ち込み、右支柱にネットを張るなどの工事を施工するなど、農業委員会等の是正指導に応ずる様子を見せなかった(争いのない事実)。

ハ 原告が本件土地を無断転用した後に、本件土地の譲渡又は権利の設定を受け、本件ゴルフ練習場の経営を始めるなどして、本件土地につき新たに法律関係を有するに至った第三者はおらず(争いのない事実)、本件土地を原状に回復させても第三者の利益に影響しない。

ニ 千歳川流域には、広大な低平地が広がっており、泥炭や粘土などの軟弱な地盤が多いことなどから、洪水氾濫が頻繁に繰り返されており、特に昭和五〇年八月、昭和五六年八月、昭和六二年八月には千歳川中下流域において広範囲に及ぶ洪水浸水被害が発生したが、本件土地は、ひどい洪水被害を受けた地域を外れており、いずれの年も、石狩川開発建設部千歳川放水路建設事務所が作成した近年主要洪水浸水実績図の浸水エリアには含まれていない(〔証拠略〕)。

ホ 本件土地の周辺においては、昭和五三年ころから国が事業主体となり、主に水田を対象とする土地基盤整備事業が行われ、本件土地周辺の土地では昭和五五年ころから排水設備等の整備が行われたが、右事業にかかる費用については一定の割合で個人負担の部分が存在することから、右事業に参加するか否かについては所有者の意思に委ねられていた。原告に対しても右事業への参加について呼びかけがあったが、原告は、個人負担の部分があることなどから、右事業に参加しなかった。 右事業によって周辺土地の土地かさが若干上がったことから、本件土地は、周辺土地に比べ、雨水がたまりやすくなった(〔証拠略〕)。

へ 原告は、昭和四三年一二月二〇日、農地法三条の許可を得ることを条件に知人から本件土地を購入し、昭和四四年七月一一日に所有権移転登記手続を行ったが、本件土地購入の際、本件土地とともに、北海道江別市江別太五六六の二、六〇四の一及び六〇四の二の土地を購入した。本件土地購入後、原告は、本件土地において、じゃがいも、キャベツ、レタス、春菊、チンゲン菜等の野菜を栽培していたが、昭和四四年、五四年、五六年、六二年、平成元年と大雨による水害によって被害を受けたこと等から、右原告所有の四筆の土地のうち最も水のたまりやすい本件土地上にゴルフ練習場を設置することを計画し、平成二年六月ころからそのための工事を開始した。原告は、本件土地以外の三筆の土地については、現在も畑作を行っており、特に北海道江別市江別太六〇四の一、二の土地では大雨による被害も少ない。(〔証拠略〕)。

(2) 以上認定の各事実、すなわち、本件土地は、約七〇〇ヘクタールの農地が集団的に存在する農地のほぼ中ほどに位置し、周辺の集団的農地とともに一体的に農業を振興させるべき地域に属するものと認められ、農振法上の農用地区域に指定されたことに不合理な点は認められないこと、原告は、農業委員会等の口頭又は文書による違反行為の是正指導を受けたにもかかわらず、本件練習場等の設置工事を続行し、営業を継続していること、本件練習場等を取り壊し、原状に回復させても第三者の利益に影響しないこと等からすれば、北海道知事が本件命令を発することがその裁量の範囲を逸脱し又は裁量権を濫用したものとは認められない。

(3) 原告は、本件土地が昭和四四年から毎年冠水被害にあっており、全面冠水の被害も数度受ける等極めて被害の大きな場所に位置している耕作不適地である旨主張するが、前記(1)で認定した以外に本件土地が昭和四四年以来毎年冠水被害にあっていることを認めるに足りる的確な証拠はないのみならず、本件土地の周辺土地は原告所有の北海道江別市江別太六〇四番一、同番二の土地を含めて、いずれも畑、水田として耕作されていること等からすれば、本件土地が耕作不適地とまではいえず、右主張は理由がない。また、原告は、平成二年二月ころに、農業委員会に赴いて本件土地をゴルフ場として利用したいと相談したところ、農業委員会は、明確な拒絶の意思を示さず、「余り派手にならないよう控えめに」などと、原告の本件土地利用計画に理解を示した旨主張するが、右主張に沿う事実を認めるに足りる的確な証拠はなく、仮に、右事実が認められたとしても、右事実をもって前記特段の事情に当たるということもできない。

(4) そして、他に本件命令が北海道知事の裁量の範囲を逸脱し又は裁量権を濫用するものであると認めるに足りる特段の事情が存在することを認めるに足りる証拠は存在しない。

2  再抗弁3(憲法二九条一項、二項違反)について

原告は、本件命令は、その運用において憲法二九条一項、二項に違反する旨主張するので、その点について判断する。

本件命令は、農地法八三条の二第一項及び農振法一五条の一六第一項に基づきなされたものであるが、両規定は、農地の転用又は開発行為による農地の減少を防ぎ、国土資源を合理的に利用することにより農業の健全な発展を図ることを目的とするものであり、社会経済政策を実現するという積極目的から原告の財産権に規制を加えるものであるから、その規制が不合理であることが明白でない限り、憲法違反とはならないというべきである。そして、前記1で検討したところによれば、北海道知事が、本件土地について、本件命令を発したことについて、特段不合理な点は認められないから、原告の右主張は理由がない。

四  以上によれば、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林正 裁判官 福島政幸 堂薗幹一郎)

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